―音楽と夕暮れをめぐる五つの物語―
目次: 老歌手、降っても晴れても、モールバンヒルズ、夜想曲、チェリスト

   たとえば村上春樹のように短編と長編でちがう顔を見せる作家がいるけれど、この短編集を読むと、カズオ・イシグロもそうだとわかる。長編とはまたちがったユーモアを交えて音楽を愛する人たちを描いていて、ますます好きになった。

   どれも映像的な作品という印象がある。舞台の美しさという意味でもそうだし、音楽があって、登場人物たちがいきいきと動き回り、ストーリーが巧妙に展開していく。

「老歌手」ではベニスの街をさまよっている気分を味わえるし、「降っても晴れても」では五感をフルに使いつつ、人間の妙な奥深さを体験できる。「モールバンヒルズ」では、イギリスの片田舎の風景を楽しみ、「夜想曲」ではセレブの生活を垣間見て、「チェリスト」ではイタリアの広場の雰囲気を味う。これに必ず音楽がついてくる。

   とはいえ描かれているのは、音楽を愛してやまない人たちが抱える苦い思いの数々だ。自分だけではどうにもならない世界で、人々が直面するドラマを面白おかしく描いている。でも、どこか切ないものが根底に流れている。そのトーンがまさにカズオ・イシグロの世界だと思う。登場する人たちは実にさまざまで、それこそめちゃくちゃな人もいるけれど、どういうわけだか、この人たちを全部合わせたのが自分なのかなという気になるのが不思議だ。

   家族、夫婦という関係の危うさを織り交ぜているので、より人間くさいものが味わえるのかもしれない。



(Reeko3さんの書評)