著者のリズ・マレーは1980年、ニューヨークのブロンクスに生まれ、薬物中毒の両親のもとで育った。自分の人生は自分で変えられる、人生に意味を与えるのは自分自身だというメッセージが込められたノンフィクション。物心がついてから紆余曲折があり、ホームレスを経てハーバードに入るまでの日々を克明に語っている。これが小説だったら、非現実的すぎるし、嘘っぽいと言われるのではないかと思う。ほんの20年ほどの間に、1人の人間がこれほどのまでの体験をできるのだろうかと思うほど、過酷で、驚くことばかりだった。

 両親がドラッグなしでは生きていけないような人たちだったので、幼い頃から悲惨な生活を強いられる。そこに悲しみはあるのだけれど、憎しみはないように見えた。どんな厳しい状況にあっても著者が命を落とさず、並々ならぬ意志を持って大学までたどり着けたのは、常に助けてくれる人が現れたからだと思う。

 していたことは決して褒められるようなことではないとしても、生きるという意図を持って日々を凌いでいるうちに、思いも寄らぬ出会いで救われることが何度かあった。でも、これじゃいけない、自分は変わるんだと心を決めてからは、「運」がつくようになったと思う。行動しているうちに自然と知恵がつき、勝手に人が情報をくれて、さらに前に進めるようになっていく。それにしても、強靱な精神力と体力がなければできないことばかりを乗り越えられたのは、幼い頃から積み重ねてきた体験があったからこそ、という部分もあるような気がした。

 自分の意志だけでは乗り越えられそうにないとき、著者は自分のことを陸上競技のハードル走の選手だと思うようにしていた。私は今トラックを走っている最中で、次々とハードルを越えているところなのだ、トラックにいるんだからハードルがあって当然でしょ? さあまた1つ越えよう。こう考えると、楽に越えられたという。

 そんな彼女にある教師が言った言葉が印象的だった。
 「つまりね、リズ、君ならどこへ行こうと、そこでベストを尽くすはずだ、ってことだよ。今の君があるのも、ずっとそうしてきたからだ・・・・・・だから、君ならどこへ行っても大丈夫、私にはわかる・・・・・少し力を抜いて、自分への思いやりを持つことだ」

 昨年この原書を読む機会があったので、今回で二度目になる。あらためて気づいたこともあったし、かなり荒っぽい言葉の訳し具合とか、いろいろな要素を楽しめた。



(Reeko3さんの書評)